「消えた女 彫師伊之助捕物覚え」についての疑問

藤沢周平の人気シリーズだという「消えた女―彫師伊之助捕物覚え (新潮文庫)」を読みました。
 江戸情緒と市井の人々の暮らしを折り目正しく描いた、藤沢周平らしい、時代小説らしい時代小説だと思うのですが、ストーリー上に腑に落ちない点があります。矛盾、とまでは言えないかもしれませんが、ご都合主義的と言われても仕方ないような穴があるように思うので、書いてみます。それは私の読み損ないだというご指摘を期待しています。

 以下、ストーリーの核心に触れた記述(いわゆるネタばれ)を含みますので、読みたくない人はここで止めてください。



 よろしいでしょうか。

 この小説は、「およう」という「消えた女」の探索がストーリーの主幹となっています。その手がかりを探して、主人公・伊之助は「およう」の元夫由蔵を介して高麗屋とその一味を探り当てます。
 そうすると、高麗屋がなぜ「およう」を消したのか、どうやって消したのか、が読者の第一の関心となるはずです。もちろん、藤沢周平の愛読者は藤沢の筆の冴え自体を味わいたいのだと思いますが。
 そして、物語終盤、高麗屋と悪徳旗本の秘密、高麗屋の妻がなぜ心を病んでしまったのか、おようはなぜ消される必要があったのか、伊之助が最初に目星をつけた由蔵は何を強請っていたのかという、この主幹に沿った謎が鮮やかに解かれていきます。

 しかし。
 高麗屋が「およう」を消す必要があったのは、「およう」が見てはいけない臼井と高麗屋妻の痴態を見てしまったからです。臼井は「およう」を切ろうとしており、高麗屋はそれを「座敷を血で汚したくない」と言って差し止めます。
 ところが、高麗屋は、なぜか「およう」をそのまま家に帰すのですね。
 家に帰った「およう」は夫由蔵に見てきたことを伝えます。高麗屋は口止めもしなかったのか、したけど「およう」は口軽くしゃべってしまったのか。かっこうの醜聞を聞いた由蔵は高麗屋を強請り始めますが、「およう」は由蔵がこうしたちんぴらであることを充分知っていたはずですから、由蔵の強請りの報酬で今後は食べていくつもりだったのでしょうか。
 ところが、なぜか「およう」は翌日も普段どおり出勤するのですね。出勤してきたところを拉致されて女郎屋に売られる。なぜ「およう」は翌日も出勤してきたのでしょう。高麗屋にしても、翌日、「およう」を拉致するつもりなら、前日に帰宅させて由蔵に喋らせる必要もないのに、なぜその日のうちに拉致してしまわなかったのか。
 ここは読んでいて全く理解できませんでした。
 
 これはもちろん憶測ですが、伊之助が由蔵から手がかりを得る、というプロットと、「およう」が高麗屋によって女郎屋に売られるというプロットを両立させる際に、上記の不自然さに気づかなかったか気づいたが目をつぶったのか、どちらかではないかと思います。

 ネットでのレビューを見ると、概ね、藤沢周平を好きな方々が褒めそやしているようですが、上記の点についての説明は見あたりませんでした。私が根本的に読み損なっているんでしょうか。



2008-11-10(Mon) 20:46| 読書感想| トラックバック 0| コメント 0

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